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従兄の死

2010年05月10日

 従兄が亡くなった。
 ガンで闘病生活を送っていると聞いていましたが、痛みが激しくて見舞いは遠慮して欲しいと言われていたので、会いに行けず、容態が落ち着いてきたので近くの病院に転院したと聞いてすぐにお見舞いに行きました。
 眠っていたので結局会えなかったのですが、顔を見られてよかったなぁ、元気になってねと思っていた矢先でした。
 まさか、こんなに早く逝ってしまうとは想いもしませんでした。

 私は母方の親戚とは親交が深くて、というか父方がほとんど絶えているので、彼も母方の従兄でしたし母の実家の長男でしたので、なにかと相談に乗ってもらったりと頼りにしていた人でした。
 私の結婚式のスピーチもしてもらったりと、なにか重要な行事の時にはいなければならない人でした。

 私は、従兄弟のなかで歳が一番下の女だったので、みんなに随分と可愛がってもらったのですが、この従兄にもやはり可愛がってもらいました。彼の結婚式には幼い自分と弟が晴れ着を着てお花を持っていく役割をさせられたのを覚えています。
「桂、ありがとう」と言われたのを遺体を目の前にして思い出しました。
 斯様に歳が離れていたので、小さい頃は「おにいちゃん」と呼んでいたのですが、結婚してから彼のお嫁さんを周りの大人たちが名前にさん付けで呼んでいたのを真似るのは失礼な気がして、でもとても大人の女の人だったので「お姉さん」とは呼び難くて、どう呼んでいいのか戸惑った私に潔く「おばちゃんでいいよ」と彼女は言ってくれました。嫁さんを「小母ちゃん」呼ばわりするからには、彼の事も「小父さん」と呼ぶべきだと幼いながらも思った私は、あるとき面と向かってそう呼んでみました。その前には母や親戚の叔母たちとの会話の中で練習を重ねて。
「おにいちゃん」を「小父さん」と呼んだその時、彼は、
「小父さん!?」
 と何度も問い返し、本当にショックだったようでした。
 お陰で、このファミリーの呼び方が今でも変な私です。

 結婚して数年後に、旦那と居酒屋に行ったときに、ばったりこの従兄と会いました。彼は同級生と来ていたようですが、カウンターで呑んでいた私らに気が付き「おお!」と声を掛けてきて随分と横に座って話をしました。私達は時々二人で近くの居酒屋に行っていたのですが、そう言うと彼はとても嬉しそうに「夫婦で呑みに行くのはいいね!」と、本当に嬉しそうに笑いました。
 まぁ、私なんか親戚の中で変わりモンだったし、結婚もするのかしないのかどうなんだお前みたいな存在だったし、実際にしたのも遅かったし、ちょっと心配な身内だったんだろうと思いますし、実際結婚してもいつまでもつんだみたいに見られていたんだろうなぁとは容易に想像が付くのですが、そうやって仲がいい(ような)所を見て安心したんだろうなぁと思います。
 ホントに嬉しそうだったもん。
 心配かけていたんだなぁ、とその時思いました。

 亡くなったと聞いて信じられなくて、時間を作って駆けつけて、遺体を前にして本当に涙が止まらなかった。こんなに早く逝ってしまうなんて。
 大好きなおにいちゃんだったのに。

 おにいちゃんのお葬式には、たくさんの人が来てくれました。
 お別れに来た人でお棺の中が花で埋め尽くされるほど。もう顔すら出ないほどでした。ありがとう。
 温かいお葬式でした。
 あの辺りは春の訪れの遅い山の中なので、まだ遅咲きの桜が時折舞い散る中、温かい陽だまりの中でたくさんの人が見送りに来て、柔道の先生だった彼の教え子たちの「ありがとうございました!」という声が響く中送り出されて、人は生きてきたように死んでいくんだなぁと思いました。
 そういう言葉が適切なのかどうか判りませんが、いいお葬式だったなぁと。

 この人のお父さんという人は御存命でいらして数年前からかなりボケてるのですが、顔を見ても私のことなんか覚えてもいない状態だったのに、さすがに息子の死は判ったらしく、そこからずっと意識がはっきりしていて、大泣きしながら傍にいた私を見て、「桂は判る」と言ってました。その日からお通夜、葬式とずっとしっかりしていらして、時折泣いている姿を見るとそれが却って悲しくて、いっそ何も判らないままの方が本人にはシアワセなんじゃないかとまで思ってしまいました。
 つれあいを亡くし、息子に先立たれて、自分は要介護の身だと思い知らされた伯父さんの気持ちを思うと、なんだかやり切れないと、数年振りに思い出してもらった姪の私は思いました。

 そんな最中、母が入院しました。
 私も幼い子供が二人もいる関係上というか、うちの姑が「二人はあづかれない」と言い張り続け、おちおち見舞いにも行けないので、弟にちょっと頼もうかなぁと思ってメールしたところ、なんと!弟まで入院していたという。
 なんだこの連鎖は。
 弟の方はたいしたこと無くて、多分過労だという話なんですが、母親の方はちょっとまだよく判らない。彼女にとっては実家の甥なので、その葬式を蹴って病院に行ったので余程シンドかったんだと思います。
 まぁ、会いに行ったらわりと元気そうだったんですけど。

 こんな母も、その伯父も、連れていった娘の顔を見ると途端に元気になるのはなんでだろ。
 伯父なんて、お通夜ですっかり仲良くなった娘を、葬式のときに連れて行かなかったら「子どもはどうした?」と淋しがってましたもん。「会いたかった」って。

 娘がたまにやる芸で、グーにした両手をホッペの脇にくっつけてニコォとする、親から見ても「もっかいやってくれ!そうしたらお前が食い荒らしたモノの片付けも、なんだか苦にならん気にがするから!」という芸があるのですが、お通夜でたまたまそれを披露した娘、その場にいてそれを見た女性はみんな母性本能にキタらしいですな。
「かわいい~!!」「もっかいやって!!」「いや~~ん!!」「お人形さんみた~い!!」とやかましい程の大騒ぎ。その中で、うちの事情を知ってる従姉のねーちゃん、「こんなの見たら、病気なんてイッパツで治るって」と仰ってました。
 いやまったく、子どもってホントに癒し効果があるなと。
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